今月の熊G 2026年9月
「だいたいさ、夫が家事とか育児とかをする場合、『やってくれている』って言いかたがあるけれど、あれっていったい、なんなんだろうか」
赤ちゃんが産まれて、その子の世話があって、家事があって、仕事もあって、それまでの夫婦だけの生活が一変する。母としての生活、父としての生活がはじまる。
熊Gも子どもが生まれて赤ちゃんをお風呂に入れたりオムツを替えたりしたけど、でもそれはやっぱり、子育てを「手伝っている」という意識が、自分にも、家族にもあった。赤ちゃんのお世話は母親がするべきものだという既成概念というか常識みたいなものにみんなが流されていたと思う。
夫婦だけの生活だったら、そして共働きならなおさら、家事はお互い公平に分担していこう、夫が金稼いで妻が家を守るという昭和な家制度はもうありえないでしょ、という意識があっておかしくない。でも子どもが産まれた瞬間、それは崩れて不公平な夫婦関係に突入してしまうのだ。
冒頭の言葉はある女性の作家が自分の出産にまつわる出来事を赤裸々に書いた本に出てくる本人の思いだ。そうだったんだ、というのが本を読んだ熊Gの率直な感想だった。俺は全然わかってなかったんだなー、妊娠して、出産して、赤ちゃんの面倒を見る母親ってこんなにたいへんだったんだー、と目から鱗が落ちる気がした。
つわりについての章がある。「朝起きて目を覚ますといちばんにやってくるのが『うぇっうぇっ』という、えずき。目をあけてみると、なんか天井がまわってる。なにかの冗談であってほしいのだけれど、しかしこれが、完全にまわってるんである。」「この吐き気には独特の味というか、感覚があって、わたしはそれを『すわっすわ』と呼んでいた。吐く直前に、胃から食道にかけて、こう、『すわっすわ』としかいいようのないものがやって」くる。なにも食べられないし、なにも欲しくない、寝たきり状態が4ヶ月続いたという。
そんな妊娠期間に続いて直面した壮絶な出産の状況についても書かれている。産婦人科の院長が出産前に、出産時の痛みについて説明したそうだ。「人が感じる最も強い痛みは指を切断した時の痛みと言われています。でも、出産の痛みはそれをはるかに上まわる痛みです」。
それがどんだけつらいことなのか、はしょるけど、でもとにかく出産して、子育ての生活になった。
出産後の母を襲う精神状態は「産後クライシス」とかいわれているが、とにかく2時間おきの授乳のために睡眠がとれないつらさが根本にある。同時に出産にともなうホルモンのバランスの崩れによる精神的な不安からパニック状態になる。そうしたしんどさがぐうぐう寝てる夫にたいする怒りに結びついていく。憎しみさえ覚える。そして孤独だと感じる。
この本、川上未映子「きみは赤ちゃん」を読んで、そうかー、うちの奥さんもそうだったんかー、ピヨのママたちもみんなそうだったんだな、男にはわかりようがない世界なんだなと思った。うちの子かわいいなあとしか思わなかった子育てをふりかえって「たいへん申しわけありませんでしたっ!」みたいな気持ちになってしまった。
本の最後の章に子どもが寝たあとに夫とこれまでの写真を何時間もいっしょに見る場面がある。「……こういうことを、おそらくは自分とおなじ気持ちでおなじ熱意とよろこびをもって思いだすことができてそれを共有してくれる人って、世界中でこの人一人なのだな……わかりあえないこともあるけれど、でもこの子と過ごしてきた時間をわかりあえるのは世界中でこの人たったひとりなのだ」
そう。ふたりのあいだにさずかった子どものことを心底いとおしく感じられるのはママとパパの二人だけ。その夫婦と子どもをつなぐ糸は決して消えはしないんだ。なにがあっても。
熊倉洋介

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