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今月の熊G 2026年8月

piyo-kamakura
8月19日
読了時間: 3分

ワールドカップで日本はブラジルに負けた。でも途中までは勝ってたんだよね。熊Gは試合前、日本がブラジルに勝てるわけないじゃんと思ってた。ところが日本が先制点をあげて1:0で折り返したときには勝てるかも?という気分になってた。しかし後半2本のシュートを決められて試合終了。前半だけで試合が終わってればなあ・・・・・・ん?これに似たような話があったような。

それは太平洋戦争。真珠湾攻撃の大成功ではじまった戦争で、日本軍は各地で連戦連勝だった。内地(国内)は戦勝祝いで沸き立った。でもそれは最初のうちだけ。ミッドウェー海戦で負けてからは次々と敗走していき、悲惨な沖縄戦のあと最後に広島と長崎に2つの原爆を落とされて試合、いや戦争終了になった。

熊Gは以前からどうして日本はあんなムリな戦争を始めちゃったのかを知りたかった。半藤一利の「昭和史」(2004)には負けるに決まってるアメリカとの戦争に日本が突き進んでいった経緯が詳しく書かれている。ある出来事が起きたときにあっちの道じゃなくてこっちの道に進んだ理由、つまり当事者たちの動機について、彼らの言動とともに語られている。戦争に進もうとする人たちと止めたい人たちのせめぎ合いが生々しく描かれていて、じつはギリギリのところで戦争に向かう道から引き返せる分岐点がいくつもあったことがわかる。でも行っちゃった。なぜだろう。

政治家や軍人が、戦争するしかない、と考えた理由は、日本は国土が狭いから植民地を拡げて食糧や資源を確保せねばという経済的な事情だ。しかしその裏には日本人はアジアの支配者になるべき民族だという思い上がった優生思想が隠されていたと思う。

だんだん戦争に近づいていく世の中にあって、その流れに反対した民間人もいた。そのひとりが石橋湛山(たいざん)という新聞社の社主だ。石橋は冷静に政治経済を研究して理論的に日本の取るべき道を提唱した。領土を拡張せずとも貿易によって経済は成り立つ。だからこれまで他国からぶんどった満州や台湾も返して平和的な貿易国になろうという「小日本主義」をとなえた。その考えが正しかったことは戦後の平和憲法のもとでの経済発展が証明している。しかし当時、戦争反対を堂々と主張する人はほかにいなかった。憲兵が目を光らせていたし、すべてのマスコミが軍の手先となって戦争を賛美していて国民に現実の情勢を伝えなかったから。

歴史にもしもはないけど、もし石橋のように戦争に反対する意見を多くの市民が表明していれば戦争は避けられたかもしれない。夫が戦地に送られるのはイヤです、空襲で家族が死ぬのはイヤです、とみんなが言えたなら歴史は違っていたかもしれない。

81回目の終戦記念日をむかえる現在、世の中の流れは「それにしても何とアホな戦争」(半藤)への道を再びたどっているように見える。その流れを止めるためには私たち一人ひとりが勇気を持って戦争反対の声をあげることが大事だ。でも具体的にどうすればいい?デモや署名もいいけどたとえばこんな方法はどう?

鎌倉には衆議院議員が2人いる。永田まりなさんと早稲田ゆきさんだ。彼女たちに電話して「戦争になると子どもが死ぬので絶対しないでください」と言う。まともな政治家なら市民の声をちゃんと聴くはずだ。永田まりな事務所0467-84-9713。早稲田ゆき事務所0467-24-0573。本人がいなけりゃ伝言でもオッケー。「モシモシ、あのー、保育園に子どもを通わせてる鎌倉市民なんですけど・・・・・・」

 

ハナシはサッカーにもどるがサムライジャパンはブラジルに負けて良かったと熊Gは思う。試合は圧倒的にブラジルが優勢だった。あらためて力の差を思い知った。だから試合後の記者会見で森保監督が言った「個の力の大切さ」を日本のサッカーファンみんなが素直に受け入れただろう。

個の力、つまり一人ひとりの努力で真の強い国になることをめざそう。

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